2023/11/01 10:00

「1匹丸ごと、余すことなく使い切る」。[佐藤水産]が守り抜く鮭への情熱。

[佐藤水産]が守り抜く鮭への情熱。イメージ1
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北海道・札幌市を本拠地とする[佐藤水産]は、高品質な水産加工品の製造、販売を行う企業です。新千歳空港や羽田空港内の店舗で、その商品を手に取ったことがある方も多いのではないでしょうか。かに、ほたて、ししゃも、数の子をふんだんに使った松前漬けや瓶詰め、乾物などの加工品は、どれも食通も唸るほどの絶品です。
そんな[佐藤水産]の原点は、北海道産天然鮭。代名詞とも言える『鮭ルイベ漬』は発売から20年以上が経つ今も一番人気の商品です。鮭本来の旨み引き出したとろけるような味わいに、加工品とは思えないほどぎゅっと詰まった肉厚な食感が魅力のこの商品は、どのようにして生み出されるのでしょうか。
おいしさの理由を解明すべく、石狩サーモンファクトリーを訪ねました。
石狩漁港で水揚げした秋鮭を、素早く、おいしく加工。

石狩漁港で水揚げした秋鮭を、素早く、おいしく加工。

札幌駅から車で約20分。石狩大橋を渡ると、石狩サーモンファクトリーが見えてきました。案内してくださった佐藤水産営業部 副部長の方川 由美子さんは「石狩漁港から5分とかからない立地に工場を設けることで、水揚げしたばかりの秋鮭を新鮮なうちに製造加工できる」といいます。
実際に工場内を見学させていただき、納得しました。
新鮮なおいしさをそのまま商品にするために、一気に何通りもの加工作業が行われていたのです。
まず、漁港から運ばれたばかりのピチピチの鮭を大量にざざざっとラインに流し、機械で頭を切り落とした後は、順々に解体しながら用途別に枝分かれしていきます。その後は、臓を水できれいに洗い流している人、筋子をほぐしている人、重さ別にふるい分けた鮭の身を急速冷凍庫へ速やかに運んでいる人と、一つの部屋の中でさまざまな作業がテキパキとこなされていました。
随所に光る職人技。素材本来のおいしさを引き出した、毎日でも食べられる自然な味。

随所に光る職人技。素材本来のおいしさを引き出した、毎日でも食べられる自然な味。

石狩サーモンファクトリーではいくらの加工も行っており、いくらに触れただけで塩の浸透度合いがわかるような職人技をもつ従業員も働いています。
「塩水に浸りすぎても、逆に浸かり方があまくても、最高の状態は引き出せません。熟練の従業員だからこそ、いくらを塩水から引き上げる頃合いを見極められるのです」と方川さん。
鮭には個体差があり、かつ、その日の気温によっても塩の浸透は左右されます。機械や、画一化されたマニュアルだけでは行き届かない部分に職人の技を加えることで、完成された味へと導いているのです。こうして丁寧に処理されたいくらは、いくら単体で販売されます。
少しも無駄にしない。受け継がれる創業者の想い。

少しも無駄にしない。受け継がれる創業者の想い。

工場内を歩き、さまざまな商品の加工工程を見るうちに、おいしさの秘密のみならず、[佐藤水産]の鮭に対する並々ならぬ情熱もわかってきました。
「石狩川の恵みである鮭に感謝し、1匹余すことなく使い切る」。
創業者・佐藤三男さんのこの信念を貫くため、[佐藤水産]では長い年月をかけて研究・開発が続けられてきたといいます。
2008年に誕生した『鮭醤油』は、そんな強い想いが結実した商品。これにより、それまでは廃棄されていた鮭のアラなどの部位も使い切れるようになったそう。
鮭の一生を理解し、感謝の気持ちを育む。

鮭の一生を理解し、感謝の気持ちを育む。

ところで、鮭は生まれた川に必ず戻る習性があることで有名ですが、[佐藤水産]ではそうした鮭の一生をより身近に感じるためにも、毎年春に『稚魚放流式』を行っているそう。北海道で放流された鮭は、オホーツク海やベーリング海を回遊すると言われています。そして、厳しい環境を生き抜いたわずか数パーセントの鮭だけが、生まれた(放流された)川に戻ってきます。
「そうした長い道のりに思いを馳せることで、故郷に帰ってきた鮭に対して感謝と畏敬の念が生まれますし、少しも無駄にすることなく、美味しい商品にしてお客様に届けようという想いが増します」と、方川さん。さらに「実は、年々、鮭の漁獲量が減っています。
さまざまな理由が考えられますが、私たちがまずできることは、本当に必要な分だけを仕入れて、無駄を出さずに使い切ることだと考えています」と、環境への配慮も語ってくれました。

当たり前のように取り組んでいたことが、SDGsにつながった。

「創業者の“もったいない精神”が、鮭を一本丸ごと無駄にせずに商品化するための努力につながり、それが時代の変化とともにサステナブルな取り組みとして評価されるようになっていました」と、方川さん。実は20~30年前から、[佐藤水産]ではそうとは意識せずともサステナブルなアクションを起こしていたのです。その根底に流れるのは、鮭への感謝の気持ちです。
「すべてはおいしい鮭のために」。
[佐藤水産]のこの信念が、私たちの食卓においしい水産加工品を届けてくれると同時に、未来へとつながる食のあり方を実現してくれているのですね。
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2023/09/13 10:00

海の恵みを、無駄なく、美味しく。

石渡商店
石渡商店
石渡商店
石渡商店
石渡商店
三陸の港町・気仙沼は、ヨシキリザメ、モウカザメ、アオザメなどサメの漁獲量日本一を誇る「サメの町」。古くから、フカヒレに、ちくわにと、サメを活用する文化が受け継がれてきました。1957年創業の[石渡商店]は、当時捨てられてしまっていた小さなヒレも大切に加工し、美味しいフカヒレとして世に送り出したいと設立されました。以来、中国料理の高級食材としてごく一部の人が味わっていただけのフカヒレを、和食店や一般家庭でも楽しめるようにと、バラエティ豊かなフカヒレ商品を生み出してきました。さらに近年は、三陸名産の牡蠣を使ったオイスターソースも評判となっています。
その生産現場を訪ねました。
気仙沼で廃棄されるフカヒレを見過ごせない、という初代の決意。

気仙沼で廃棄されるフカヒレを見過ごせない、という初代の決意。

気仙沼港から車で10分ほどのところにある[石渡商店]の工場では、生のサメのヒレから皮や骨、肉を取り除く『素剥(すむき)』の作業が急ピッチで行われていました。通常、サメには7カ所にヒレがあります。フカヒレの姿煮でイメージされる大きな尾ビレや背ビレ以外にも、小さな腹ビレや尻ビレもあります。
[石渡商店]では大きなヒレだけでなく、そのような小さなヒレも大切に加工しています。そもそも、初代・石渡正男さんは「海の恵みを大切に、食文化を創造する」をテーマに掲げ、この小さなヒレを活用しようと、神奈川から移住してきたそうです。
「大手食品メーカーで研究員をしていた祖父の正男は、気仙沼の港で小さなフカヒレが捨てられていることを知り、それを活かした商品を作りたいと考えて起業したんです」と三代目の代表取締役社長・石渡久師(いしわたひさし)さんは話します。
捨てられてしまっていた食材に、技術を駆使して新たな価値を。

捨てられてしまっていた食材に、技術を駆使して新たな価値を。

創業当時、小さなフカヒレは加工が難しく、価値がないものとして廃棄されていました。初代は技術によってそこに価値を生み出せると強い信念を持っていました。サメの体は、楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる非常に硬い鱗で覆われています。その特殊な鱗は象牙質をエナメル質が覆った構成で、歯のように硬く、刃物も跳ね返してしまいます。
正男さんは諦めることなく、試行錯誤の末に、コラーゲンを最大限に留めた独自製法『素剥』を開発し、小さなヒレでも食用に使う方法を確立。この“スムキ”は今では業界用語として使われるほど、一般的な製法となっているそうです。
「フカヒレの処理工程は、機械化できる部分が一切なく、すべてが手作業で行われます。職人技によって1枚1枚とにかく丁寧に。それが、フカヒレ加工の最も大切なポイントです」と石渡さんは、美しい純白に仕上がったフカヒレを見せてくれます。
持続可能な漁業とフードロス解決の努力も全力で。

持続可能な漁業とフードロス解決の努力も全力で。

[石渡商店]では持続可能な海洋資源の活用に力を入れています。気仙沼産のヨシキリザメは持続可能な漁業で獲られたものを厳選。ヒレは全体のわずか10%に過ぎません。ヒレを取ったあとの身は、すり身業者などに無償提供し、良質なグルコサミンやコンドロイチンなどを含む骨は、サプリメントに活用しています。
内臓も加工品になるほか、使えない部分も肥料や飼料になります。捨てるところいえば、先述の楯鱗くらいとのこと。丸ごと無駄なく使い切っているのです。[石渡商店]には一般家庭でも気軽に楽しめるフカヒレ商品がたくさんあります。
『濃縮ふかひれスープ』は高級中華料理店の協力のもと、鶏、豚のガラから旨みを引き出したスープに厳選した調味料で深みを加えた逸品。溶き卵を入れていただくと、より豊かな味わいを楽しめます。また、フカヒレ入りの贅沢なスープの素として、幅広く活用できる使い勝手の良さも評判です。
質は良くなるのに市場価値は下がる。春の生食用牡蠣の真価に光を当てる。

質は良くなるのに市場価値は下がる。春の生食用牡蠣の真価に光を当てる。

フカヒレと並ぶ[石渡商店]の主力商品に『気仙沼完熟牡蠣のオイスターソース』があります。これは「海の恵みを大切に、食文化を創造する」というミッションに立ち返ることで誕生しました。
契機は2011年の東日本大震災。
海辺にあった[石渡商店]は津波ですべてを流され、一からの再建に取り組みます。民間ファンドを活用して資金調達し、山手に工場を新設することができました。その出資者2,600人にアンケートを取ったところ、出資理由の大半が「気仙沼の水産業復興のため」であることがわかったのです。そこで、地域でその価値が見過ごされている水産物の洗い出しを行いました。
宮城県は広島県に次いで牡蠣の生産量全国2位。しかし、そのほとんどが生食用であるため、11月をピークに、産卵を前に栄養をたっぷり蓄えて大粒に育つ春には、品質に見合わない価格になってしまっていました。石渡さんはこの最高の生食用の牡蠣で、漁師と共に今までにない加工品を作ることを決意します。それがオイスターソースだったのです。

大粒に育った『もまれ牡蠣』のみを使用。

気仙沼・唐桑の『もまれ牡蠣』は、季節ごとに潮の流れが速い場所に何度も移動させ、潮にもまれて育ちます。さらに、船上で60度前後のお湯を沸かし、クレーンで吊るした牡蠣を数分浸ける温湯処理を行うのも特徴的です。殻に付いた牡蠣以外の生物をお湯で駆除することで、牡蠣は植物プランクトンを存分に摂取し、大粒で味も濃厚に育つのです。
『気仙沼完熟牡蠣のオイスターソース』は、漁師が手間ひまをかけて育てた3~5月下旬の生食用もまれ牡蠣だけを使用。一般的には牡蠣を煮てエキスを抽出しますが、[石渡商店]では独自特許製法(特開2016-005450)の酵素分解により牡蠣の身をすべてソースに溶け込ませます。ゴミとなる出汁ガラを出さず、栄養はたっぷり。化学調味料や保存料、着色料などの合成添加物を一切使わず、海の恵みをそのまま閉じ込めているのです。炒め物などの調味料に使えば一気にプロの味に。そのまま卓上に置いてディップとして使えば、小粋なパーティメニューにもなります。その際立つ滋味を、ご賞味あれ。。
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2023/08/16 10:00

1673年創業の老舗酒蔵が探求する『酒粕』の可能性。

玉乃光
玉乃光
玉乃光
玉乃光
伝統が綿々と受け継がれる街、京都。この地の食文化とともに歩み続けてきた老舗酒蔵[玉乃光酒造]が今改めて注目しているのが『酒粕』の存在です。この酒粕が日本酒業界を明るく照らすだけでなく、循環のある未来を切り拓いてくれる、輝かしい存在になることを願って。
コロナ渦でお酒の消費量が激減。日本酒を作り続ける意義を問われる日々。

コロナ渦でお酒の消費量が激減。日本酒を作り続ける意義を問われる日々。

京都駅から車を15分ほど南に走らせた場所にある伏見区に[玉乃光酒造]はあります。創業約350年。「利益より酒本来の味わいを楽しんで欲しい」と、米と麹だけで造る『純米酒』を業界に先駆けていち早く復活させ、実直に酒造りを続けてきました。しかし、新型コロナウイルスの流行により、持続可能な経営について、今一度考えなくてはならなくなります。
「代々伝わる製法で造り続けてきているので、私も従業員たちも、味にはもちろん自信がありました。でも、おいしいものを作っているだけでは、今後さらに350年経営を続けていけるかと言われると難しい。新たな切り口を見つけるため、従業員たちに[玉乃光酒造]の魅力って何だろうと、改めて聞いて回ったんです」と、副社長の羽場洋介さん。
ヒアリングをしたところ、酒粕に対して生き生きと語る従業員たちの表情が印象的だったと言います。そこで、酒粕に光を当てた、羽場さんの挑戦が始まりました。
オーガニック米から生まれる酒粕で、持続可能社会への扉を開く。

オーガニック米から生まれる酒粕で、持続可能社会への扉を開く。

酒粕とは、蒸米、麹、水を仕込んで発酵したもろみから日本酒を絞り出した後に残る、白色の固形物です。日本酒を造る際に必ず生まれる、いわば副産物。[玉乃光酒造]は『純米吟醸酒』と『純米大吟醸酒』しか造っていないので華やかな香りを持つ酒粕が残ります。
「フードロスの観点からも、この酒粕を世間の人により知ってもらう取り組みをはじめました。その一つが、2022年に京都市内にオープンさせたレストラン&ショップ『純米酒粕 玉乃光』です」。『純米酒粕 玉乃光』は、「酒粕を日常に」をモットーにしたアンテナショップのような存在。酒粕に馴染みがない人にも楽しんでもらえるよう、酒粕と京都の食材をあわせた料理を提供しています。
健康にも効果が期待できる酒粕が、循環型未来への道しるべに。

健康にも効果が期待できる酒粕が、循環型未来への道しるべに。

「お酒って健康とは反対のイメージがありますよね。でも、酒粕はたんぱく質、ビタミン、食物繊維が豊かな食品。コレステロールを下げる作用もあると言われており、ウェルビーイングな暮らしには欠かせません。7年ほど前から、うちで使っているお米の一部はオーガニック認定を受けた有機米になっていますので、健康意識が高い人にも好評です」。
甘酒や粕汁だけでなく、ヨーグルトや味噌など、発酵食同士を組み合わせる調理法がおすすめだそう。丁寧に心を込めて日本酒を造る工程で生まれた酒粕に、さらなる価値を見出す活動が広がることにより、従業員の自信にもつながり、さらにおいしい日本酒と酒粕が生まれるという、未来のある循環が創出されています。
「京都の酒造りの伝統を次世代に繋ぐ架け橋のような存在になりたい」。

「京都の酒造りの伝統を次世代に繋ぐ架け橋のような存在になりたい」。

京都・伏見の地名は『伏し水』が語源だといわれているほど、美しい地下水に恵まれた土地です。[玉乃光酒造]では、その水を用いて日本酒を造っています。さらに麹はすべて手づくり。土地の恵みと、受け継がれた技術によって[玉乃光酒造]の日本酒および酒粕は誕生するのです。
「決して効率の良い作業だとは言えないのですが、人の手でしっかりと米や麹の状態を確認することがやっぱり大切。また、この伝統技術を絶やしてはいけないという使命感もあります。いいものを安く、様々な人に飲んでもらうという社会的な取り組みを進める一方、フードロスを防ぐために酒粕の魅力の発信や、酒造りの背景を知ってもらう活動を並行して行なっていきたい」。
日本酒の可能性をさまざまな方向から追求する、羽場さんの創意工夫に満ちた活動はまだまだ続いていきます。
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2023/04/18 09:00

親子3代で紡ぐ、おいしい牛乳をめぐる物語。

ミルク工房そら
ミルク工房そら
ミルク工房そら
ミルク工房そら
ミルク工房そら
京都駅から電車でおよそ3時間。日本海に面し、息をのむような美しい自然に囲まれた京丹後市・久美浜町に[ミルク工房そら]はあります。近畿最北端のこの地に酪農という文化を根付かせ、「酪農王国にしたい」という想いを抱えて創業してから約70数年。今では、たくさんのシェフらからの熱視線を集めるだけでなく、全国各地から人が訪れる工房に。おいしい牛乳を届けるために、創業者の孫である平林学さん一家は、ジャージー牛へ愛情をたっぷり注いでいます。
大量生産、大量消費ではなく、顔が見えるものを届けたい。

大量生産、大量消費ではなく、顔が見えるものを届けたい。

[ミルク工房そら]の前身である『平林乳業株式会社』は、平林学さんの祖父が、終戦から数年経ったある日に1頭のジャージー牛を引き取ったことにはじまりました。さらに小学校の廃屋を譲り受けて手作りの処理場を建て、牛乳屋さんとして出発。牛の世話から、草刈り、田んぼの作業まで、家族で毎日休まず作業したそうです。
経済が発展し、世が大量生産、大量消費の時代に突入する中、2代目にあたる学さんの父・衛さんご夫婦は、そんなただ生産を続ける毎日に疑問を感じ始めます。
「このまま大量生産・大量消費によって生産者の顔が見えないものを作り続けていていいのだろうか。生産者の顔が見える、おいしい牛乳を皆さんに届けたい。牛乳の価値をもっと高めたい」と。この熱意のもと、今から20年ほど前に牧場と同一敷地内に[ミルク工房そら]をオープンさせました。訪れた方に生産者たちのありのままの様子を知ってもらえるだけでなく、搾りたての牛乳をチーズやジェラートなどに加工し、販売できる環境を整えたのです。
大阪でアパレル関係の仕事に就いていた学さんが家業を継ぐために戻ってこられたタイミングで、牛乳を加工したチーズをたっぷりと使用したピザを提供するカフェを併設することになり、より地域の人に愛される場所として進化を遂げています。
愛情を込めて育てることがおいしい牛乳につながっていく。

愛情を込めて育てることがおいしい牛乳につながっていく。

[ミルク工房そら]に隣接する『丹後ジャージー牧場』では、現在40頭のジャージー牛が育てられています。一般的なホルスタイン牛に比べると乳量が少なく、生産効率が悪いと考えられているため、日本ではあまり飼育されていない珍しい品種です。
ただ、ジャージー牛の乳脂肪分は5%、無脂乳固形分は9%と濃厚でβカロテン含量が高いため、おいしい牛乳を届けるためにはジャージー牛はとても大切な存在。「効率ではなく、大事なのは牛乳の味」だと学さんはおっしゃいます。
ここではすべての牛たちを家族の一員として、愛情を持って育てています。自然に近い環境で極力ストレスがかからないよう考慮するだけではなく、一頭一頭のエサをチェックし、体調管理も欠かせません。「この子たちも、わたしたちの家族。だから名前もつけてかわいがっているんです」
「家族の一員である牛たちから生まれた牛乳は大切な宝。それらを無駄にせず、より価値の高いものに生まれ変わらせて還元したいという気持ちで、[ミルク工房そら]で、ジェラート、ミルクジャム、チーズなどに加工しています」。
「宝である牛乳を一滴も無駄にしたくない」。牛乳をより価値のあるものへ。

「宝である牛乳を一滴も無駄にしたくない」。牛乳をより価値のあるものへ。

「牛乳はなまものなので日持ちがしません。一番おいしい搾りたての状態を飲んでもらいたいと願っても、全国にお届けするのは難しい。牛乳を一滴も無駄にしたくない、そして牛乳の新たな魅力を知ってもらいたいという想いを込めて、毎朝搾りたての牛乳を使って、工房ではさまざまな加工品を作っています」。
工房を訪れる人たちが必ずといっていいほど注文するのが、余計なものを一切加えずに作る『ジェラート』。ミルク味は、よりダイレクトに自慢の牛乳の味を感じて欲しいから、牛乳、生クリーム、砂糖しか使っていないという徹底ぶりです。
いちごや抹茶など、地元京丹後の食材を組み合わせたものも大人気。お店にはおよそ10種類ほどのフレーバーがあり、季節限定品や新製品も続々登場するそう。「一緒に働いているメンバーからアイデアをもらうことが多いです。地元の特産物と、我々の牛乳がうまくマッチするようなレシピを考えてくれるので頼りにしています」。
『ミルクジャム』は、工房のロングセラー商品。搾りたての牛乳を6時間以上混ぜながら加熱し、なめらかなキャラメルクリームのようにしていきます。「加熱しすぎると分離してしまうので、職人さんの見極めが必要なんです」。
牛乳というすばらしい素材にあぐらをかくことなく、職人さんたちの妥協を許さない心を集結させて、商品を作り続けています。
「京丹後の生産者さんたちと関係を深め、ストーリーのあるものを作っていきたい」。

「京丹後の生産者さんたちと関係を深め、ストーリーのあるものを作っていきたい」。

かつては、酪農という仕事や、この京丹後が嫌いだった学さん。「どこにいっても牧場の息子としてみられるし、田舎ですしね(笑)。地元が嫌で、“真逆なことがしたい”と、家業とは全く異なる仕事に就いたんです。でも、野生の牛が歩いているようなイタリアの田舎町を旅した際、その土地で採れた食材を使った料理を食べて感動していたら、故郷の風景が目に浮かんできたんですよ。
豊かな自然に恵まれておいしい食材の宝庫である京丹後でも、このような体験ができるんじゃないかって。うちのチーズや地元の食材を、料理人に調理してもらえたら、より地元が盛り上がるんじゃないかと」。
京丹後に戻り、家業を継ぐことになった学さんは、イタリアンやフレンチのシェフ、農家さんなど地元で活動する方々と交流を深め、知見を広げていきます。「同世代の方も多く、刺激になりますよ。例えば、うちのチーズに合うナチュラルワインや、ジェラートに合う野菜や果物を教えてもらうと今まで以上に牛たちへの愛情も深まっていきますし、一緒に働いている工房のメンバーへの尊敬の気持ちも強くなります。同じような感度の人と出会えたから、故郷を好きになれたんだと思います」。
「地元が嫌いで飛び出した過去があるからこそ、今後はもっと京丹後で暮らす自分たちにしかできないようなものを生み出して発信していきたいですね。大量生産はできないけれど、よいものを作って、届けるべき相手にきちんと届けたい。それが、自分の使命だと感じています」。
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2023/04/18 09:00

「一関と東京を、食で繋ぐ」。名店[格之進]に貫かれる地元愛。

「「一関と東京を、食で繋ぐ」。名店[格之進]に貫かれる地元愛。イメージ1
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「一関と東京を、食で繋ぐ」。名店[格之進]に貫かれる地元愛。イメージ4
六本木や渋谷、丸の内など食の激戦区で人気を集め、存在感を発揮し続ける熟成肉の店[格之進]。グループを率いる千葉祐士(ちば ますお)さんは、メディアでもおなじみの名物社長です。
そして少しお話しするだけでもわかりますが、千葉さんの肉への愛情と知識は圧倒的で、まるで肉の生き字引。しかし、それでも博士や伝道師でなく、あえて“肉おじさん”と名乗るのは、「皆様と一緒に肉の世界を盛り上げていきたい」との想いからだそうです。そして、肉への愛とともに千葉さんの根底を支えるもうひとつの信念が、地元・岩手への愛。
はたして千葉さんと[格之進]は、どんな想いで肉と向き合い、どんなこだわりで肉を扱っているのでしょうか。その秘密を探るため[格之進]の本拠地である岩手県一関市を訪れました。
拠点は、廃校になった小学校。この校舎から新たな賑わいが生まれることが「地域への恩返し」

拠点は、廃校になった小学校。この校舎から新たな賑わいが生まれることが「地域への恩返し」

一ノ関駅からタクシーに乗って30分ほど。教えていただいた[格之進]の本社兼工場を見て、驚きました。それはどこからどうみても学校。校庭があり、体育館があり、昇降口がある、小学校そのままの姿だったのです。実はこここそが[格之進]の本拠地。
2013年、統合のため廃校となった門崎小学校を、本社として利用しているのです。
「地元への恩返し」千葉さんはそう語ります。
千葉さんの父親も、千葉さん自身も、そして千葉さんの子どもたちも、皆この学校の卒業生。母校であり、地域の象徴であるこの学校が閉鎖され、ただ朽ちていくよりも、[格之進]の基地として新たな賑わいの拠点としたい。そんな想いが込められた革新的な挑戦です。
かつての体育館をまるごと工場にリニューアル。型破りな挑戦でハンバーグ作りに挑む。

かつての体育館をまるごと工場にリニューアル。型破りな挑戦でハンバーグ作りに挑む。

熟成肉と並ぶ[格之進]の看板商品・ハンバーグ。そのハンバーグもまた、この小学校跡で作られています。
工場は校舎左手にある旧体育館。今回は特別に工場の中を見学させていただきました。外から見ると体育館ですが、その中は先進的な工場。衛生管理や温度管理が徹底され、こだわりのハンバーグが作られています。
「さまざまな機械を導入していますが、実は味を決めるのは人の舌。従業員が毎日必ず試食をして細かな調整をします」とは工場責任者の松橋孝幸さん。ちなみに従業員の皆さんが着る白衣は、地元のクリーニング店に洗濯を依頼しているそう。手洗いと手掛けアイロンにこだわる昔ながらのクリーニング店。ここにも「地元に貢献したい」という千葉さんの想いが表れています。
「伝えたいのは、肉の味」。「格之進」のハンバーグが、人気を集める理由。

「伝えたいのは、肉の味」。
[格之進]のハンバーグが、人気を集める理由。

1日1万個。それがこの工場で作られるハンバーグの数です。これほど多くの人を惹きつけるハンバーグの魅力は、いったいどこにあるのでしょうか?
「一般的なプロダクトは、ブレのない均一な味を目指します。しかし私達が目指すのは生産者が心を込めて生産した食材をそのまま消費者に伝えることです」千葉さんはそうおっしゃいます。
脂の溶ける温度が異なる肉をブレンドして口溶けをコントロールすること、こだわりの塩麹で旨みを引き出すことなど、おいしさの秘密はいろいろ。しかしそれ以上に、千葉さんが信頼を寄せる岩手県の生産者の存在が、[格之進]のハンバーグを唯一無二のものにしているのでしょう。
味の決め手は、岩手産の厳選素材で仕込むオール岩手の塩麹。

味の決め手は、岩手産の厳選素材で仕込むオール岩手の塩麹。

ハンバーグの味の決め手は、肉のタンパク質や糖質をアミノ酸に分解し、旨みを引き出す塩麹。[格之進]のハンバーグに使われる自家製塩麹も、岩手産の原料から作られています。
三陸野田産の天然塩「のだ塩」、岩手初のオリジナル麹菌「黎明平泉(れいめいひらいずみ)」、そして門崎地区のメダカが泳ぐ田んぼで作られる「めだか米」。オール岩手産原料で作られた塩麹なのです。
この日、千葉さんが案内してくれたのは、収穫を間近に控えた「めだか米」の田んぼ。張り巡らされた水路には、暖かい時期になると絶滅危惧種のミナミメダカが泳ぐのです。繊細なメダカが泳ぐほどの環境なら、もちろん人の体にも安心安全。夏にはホタルもやってくる自然豊かな田んぼは、岩手の恵まれた自然の象徴です。

岩手の魅力を、東京に、世界に発信。地元への想いが、サステナブルに繋がる。

「良い肉を、より良い形でお客様に届ける。すると生産者は“もっと良いものを作ろう”となる。その循環が地元のため、そしてお客様のためになっているのです」取材の終わりに千葉さんはそう話しました。
千葉さんが話すのは、岩手のこと、生産者のこと、お客様のこと。「誰かのため」という想いが巡り巡って、[格之進]の熟成肉やハンバーグをおいしくしているのです。近年の国際情勢による穀物価格の高騰やコロナ禍での消費減少など、生産者に逆風が吹く時代。
「島国日本のサステナブルとは、船や飛行機で遠くから運んでくるのではなく、地元に目を向けてそこにあるものを大切に使うこと。それは日本の昔の姿。無いものを作るのではなく、かつてあったものを蘇らせることです」。SDGsが注目されるずっと前から、岩手・一関でそれを実践していた千葉さんの言葉には、強い説得力がありました。
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