2023/04/18 09:00

300余年続く京菓子店に嫁いだ女性が、女将として看板を背負うまで。

笹屋伊織
笹屋伊織
笹屋伊織
笹屋伊織
月に3日しか販売されない、幻のどら焼をご存知でしょうか。手掛けるのは創業306年の老舗[京菓匠 笹屋伊織]。
江戸時代末期に東寺に納める御用菓子として誕生したどら焼は、今なお店を代表する銘菓です。そして[笹屋伊織]を語るとき、このどら焼とともに忘れてはならないひとりの人物がいます。それが十代目女将・田丸みゆきさんです。今から29年前、大阪から京菓子の老舗に嫁いできたみゆきさん。まったく未知の世界で奮闘し、傾きかけていた店を立て直し、そして幅広い世代への情報発信により和菓子界全体に貢献してきた名物女将です。
きっとそこには、多くの苦労や挑戦があったことでしょう。そんなみゆきさんの物語を伺うため、京都を訪れました。
女性が活躍するチャンスが少なかった京菓子界の古い風習。

女性が活躍するチャンスが少なかった京菓子界の古い風習。

雅な和服姿で出迎えてくださったみゆきさん。まずご自身のお話の前に、京菓子の世界の風習について聞かせてくださいました。実は『京都の和菓子』とひとことで言っても内実は、お茶会や贈答品としての和菓子を商う『お菓子屋(=上菓子屋)さん』、家族などで日常的に食べるお菓子を扱う『おまんじゅう屋さん』、そして正月をはじめとしたお祝いの餅菓子の『お餅屋さん』の3種類に区別されているのだそうです。
そして[京菓匠 笹屋伊織]が属する『上菓子屋』の世界は、厳然たる男性社会。宮中御用達の流れを汲んだ上菓子屋仲間で結成される『菓匠会』には男性しか参加できず、女性が表舞台に立つことはほとんど無い世界。みゆきさんは29年前、そんな古色蒼然たる京菓子の世界へ大阪から嫁いできました。そしてその日から、みゆきさんの挑戦の日々は始まります。
随所に光る職人技。素材本来のおいしさを引き出した、毎日でも食べられる自然な味。

最初の想いは店の売上よりも「この素晴らしい伝統を伝えたい」という熱意。

[京菓匠 笹屋伊織]の創業は、徳川吉宗が将軍となった年と同じ1716年。いくら老舗の多い京都でも、ここまでの長い歴史を持つ店はそう多くありません。しかしみゆきさんが嫁いできた頃は「傾きかけた小さな和菓子屋さん」だったといいます。
それでも府外から来たみゆきさんの目には、伝統の内側にいる人々には当然とされていたことも、新鮮に、素晴らしく映りました。「店の売上を伸ばしたいという以前に、まずこれほど素晴らしい京菓子の文化を少しでも伝えたいと思いました」。しかしそこは伝統と風習に縛られた京菓子の世界。よそ者のみゆきさんの声は、簡単に聞き入れられるものではありません。それでもみゆきさんは、持ち前の負けん気で、とにかく行動をはじめました。
文化発信の広告塔になるために。京菓子界で前代未聞の「女将」が誕生。

文化発信の広告塔になるために。京菓子界で前代未聞の「女将」が誕生。

みゆきさんがまず行ったのは、ホームページの開設。世にはまだSNSもない時代。お店側からの情報発信の重要性にいちはやく気づいていたのです。さらにそのホームページに、『女将の部屋』と題したページをつくり、自身の想いを発信しました。『女将』という言葉を使ったのは、このときが最初。
肩書を周りから勧められた『十代目当主夫人』ではなく『女将』にしたのは、自身が看板を背負い、京菓子の文化を伝えるため。「長いと呼びにくいでしょ?」みゆきさんは、お茶目にそう笑いますが、この肩書にもみゆきさんの強い決意が込められているのです。そしてそこからみゆきさんの活躍が続きます。社内報の作成、和菓子文化に関する講演、新店の出店、社員教育。店はいつしか売上7倍、社員数4.5倍の規模に成長していました。
新たな挑戦を続ける原動力は、積み重ねられた伝統への敬意。

新たな挑戦を続ける原動力は、積み重ねられた伝統への敬意。

カフェを併設した新たなスタイルの店[笹屋伊織 別邸]の壁面には、和菓子の木型が飾られています。職人が手仕事で丁寧に彫った木型、それはいわば伝統への敬意の証。常に前を向き、走り続けているようなみゆきさんですが、その根底には受け継がれる歴史への強い敬意が潜んでいます。
「行事ごとに食べるお菓子、記念日に食べるお菓子、そして日本人がもっとも古くから食べているお菓子である小豆。先人たちが大切にしてきたものを守り、伝えていくことが使命」みゆきさんはそう言います。南区吉祥院にある本社には、資料室も併設されています。そこにも木型やお菓子を入れるための箱である行器(ほかい)などが大切に保管されていました。「代々積み重ねてきた歴史があって今がある。それを忘れないように」そんな言葉が印象的でした。

走り続けた29年間。気づけば『女性の活躍』をテーマにした講演依頼も。

「お菓子を売るのではなく、お菓子を食べる幸せな時間を提供していきたい」みゆきさんは、これからの夢をそんな言葉で伝えてくださいました。京菓子の世界という男性社会で女将として老舗の看板を背負う。言葉にされなくとも、そこにはさまざまな葛藤や障害もあったことでしょう。それでも明るく、力強く、次々と新たな挑戦を続ける姿は、多くの働く女性に勇気を与えてくれます。
ちなみにみゆきさんは女将として休みなく働きながら、4年の間に3人生まれたお子さんを一人前に育て上げました。当初、和菓子文化の発信が中心だった講演も、現在では『300年企業の経営』『社員教育」』『女性の生き方』といったテーマに広がっています。[京菓匠 笹屋伊織]のお菓子を味わうとき、女将・田丸みゆきさんの優しく、明るい笑顔が浮かび、そのおいしさをいっそう心に刻んでくれそうです。
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